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コロンビア ゲリラに誘拐・拘束されたイングリッド・ベタンクール【動画】 [奇跡の物語]

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コロンビアでゲリラに誘拐・拘束された政治家イングリッド・ベタンクールが話題になっていますね。



Ingrid Betancourt.jpg
※出典:http://qesq.blogspot.jp/2007/12/ingrid-betancourt-pulecio.html

今回はフランスから故国コロンビアへと
帰りコロンビアの為に戦った政治家
イングリッド・ベタンクールさんについ
て紹介したいと思います。



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イングリッド・ベタンクールさんの帰国


イングリッド・ベタンクールさんは1961年
12月25日にコロンビアの首都ボゴタで生ま
れました。

父親は教育相を務め、母親は下院議員を務
める政治家の家庭で育ち、ボゴタでフラン
ス人学校を卒業した後、フランスのパリで
国際関係学や政治学を学びました。

そしてフランス人外交官であるファブリス
と出会い1981年に結婚しました。

その後、2人の子供(メラニエとロレンソ)
に恵まれ、何不自由のない幸せな生活を送っ
ていました。

1989年、イングリッドの母親が選挙運動
を手伝っていた反麻薬取引を表明する大統
領候補ルイス・カルロス・ガランが暗殺さ
れました。

この暗殺事件をきっかけにイングリッドは
ファブリスと離婚をして、故国コロンビア
のために正常化に挑む決心をし、帰国をし
ました。

イングリッド・ベタンクールさんの政治活動


メラニエとロレンソを連れてコロンビアに
帰国したイングリッドは始め財務省に勤務
していましたが、国政選挙に出馬する為に
辞職し、1994年のコロンビア下院議員選挙
に自由党から初出馬し、当選しました。

当選したイングリッドは選挙で公約してい
た通り、汚職の告発に注力し、重要な汚職
告発を行い世間からも信頼を得るようにな
っていきました。

イングリッドが支持していたエルネスト・
サンペール元大統領の汚職が発覚した時も
イングリッドは手加減せずに告発しました。

そして大統領選での資金調達にマフィアか
ら資金を受け取ったということが発覚して
いたにも関わらず調査委員会が無罪を言い
渡したために、イングリッドは抗議をし、
ハンガー・ストライキまで行ないました。

このような激しい汚職告発により政治家や
マフィアから目をつけられるようになり、
1996年には暗殺の脅迫を受けるようにな
ってしまいました。

この脅迫により身の危険を感じたイングリ
ッドはメラニエとロレンソを元夫の元へと
避難させ、その後もイングリッドは汚職の
追及を続けました。

その後、コロンビアでイングリッドは再婚
し「それでも私は腐敗と闘う」という本を
執筆しベストセラーにもなりました。


それでも私は腐敗と闘う

2001年、イングリッドは参議院を辞職し、
2002年の大統領選に出馬することを表明
しました。

イングリッド・ベタンクールさんの誘拐


2002年2月に予定されていたコロンビア政
府とコロンビア革命軍(FARC)との対話
の機会がキャンセルとなり、大統領は「非
武装地域」を制圧するように国軍に命令を
だしました。

それにより大統領はサン・ビセンテという
町に出向き、その町の市長が仲間であるこ
とからイングリッドもサン・ビセンテへと
行くことにしました。

イングリッドは国軍のヘリコプターに乗せ
てもらうことができず、ゲリラがいること
を承知で、陸路にてサン・ビセンテを目指
しました。

そして、国軍のチェックポイントで「この
先数キロのところにゲリラ軍がいる」と警
告を受けたものの、イングリッドはそのま
ま進んでいき、ついにFARCに拘束されて、
誘拐されてしまいました。

数ヶ月後にゲリラ軍からイングリッドのビ
デオが届けられましたが、それ以降イング
リッドの無事を確認できるものは何もあり
ませんでした。



イングリッド・ベタンクールさんの解放


イングリッドが誘拐されてから5年経った
2007年2月、大統領は「(イングリッドが)
国外で生存している可能性がある」として、
フランス政府に技術面での支援を要請しま
した。

そして調査の結果イングリッドの生存は確
認され、2007年11月30日にコロンビア政
府によってイングリッドを含めた人質が生
存していると発表されました。

そしてその証拠として、イングリッドが自
分の母親に向けて書かれた手紙がメディア
などでも取り上げられました。


ママンへの手紙―コロンビアのジャングルに囚われて

2008年7月2日、
FARCはリーダーが亡くなり、弱体化し始
めていたところに、コロンビア国軍の特殊
部隊が人質が拘束されている場所を突き止
め、救出作戦を開始しました。

その作戦とは、国軍の軍人が民間人を装い、
人質移送計画を企て、それをFARC幹部に信
じ込ませました。

そして民間機を装う軍のヘリコプターに人
質を乗り込ませたのです。
一緒に乗ったゲリラ兵2人はヘリの中で拘
束し人質を解放することに成功しました。

この作戦は銃弾を一発も発砲することなく
終了し、成功したことで話題となりました。



無事イングリッドは救出され、フランス政
府の特別機でそのままフランスのパリへと
移送され、サルコジ大統領に迎えてもらい
ました。

ようやく2人の子供たちにも会うことができ、
今はまた幸せに暮らしています。


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